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お花畑でなにがわるい

妄想させてよ、世界。

絶望の後は海と一緒に泡になりたい。

私は絶望したい。
 
 
例えば
叶わないと確信した片思いの相手に告白をして逃げるとする。
そしたらどうしてそんなことをしたんだろうって後悔すると思う。
きっと相手にはもう連絡を取らない。
泣くだろう。きっとしばらくは好きなのに、くるしいという状況になるだろう。
「もう恋なんてしない」まで言うかもしれない。
 
 
でもきっと
残酷な事に時が経てば
別な人を好きになる。なれると仮定する。
 
他の人を好きになれば
前の男の告白逃げなんてどうでもよくなる。
だたのきれいな思い出話しになる。
 
違う。
全然違う。
カットカット〜〜。
私は都合のいい思い出話が欲しいわけじゃない。
 
 
西加奈子さんの「舞台」を読んだ。
葉太はニューヨーク観光初日、彼は金品丸々入ったバックを盗まれる。
財布はもちろん、外国に行った時は心臓と同じくらい重要なパスポート。
 几帳面なのかドジなのかキャリーケースの鍵まで。
そんな絶望の淵に立たせれても、彼は「人目」を気にした。
彼にとって、財布よりもパスポートよりも
「初日からスリにあってるぞアイツ」と他人から嘲笑われるのではないか。
「初日からスリにあったのにどうやって帰ってきたんだよ!?」と妄想し話のネタになるぞと考えるほど
「人からどうみられているか」と考えるほうが譲れなかった。
 
 
この葉太の「自意識」が気持ち悪いほどに
清々しく手に取ってわかるのだ。
 
 
無くなった「もの」の代わりはいくらでもあるが
そこで取り乱してしまえば、
いままで生きてきた中で培った「自分」の崩壊のほうが恐ろしい。
 
 
私の予防線は、
「本気にならない」ということだ。
 
昔から勉強はできたわけじゃない。と思う。
勉強すると成績はもちろん伸びる。
私は国語が好きだった。
中学のある定期試験で96点を取った。
「次は100点いけそうじゃん」
20代の先生はそう言いながら、テストを渡してくれた。
素直だった私はその言葉を鵜呑みにしてちょっと小躍りしながら
次のテストの目標点は100点にした。
 
しかし次のテストでは70点も取れなかった。
「ごめーん。前回平均点良すぎたから、今回厳しく作りすぎたかも」
おいおい!とブーイングが上がるクラスのずっとずっと遠くに感じながら
私の頬はあつく、冷えていく心と指先でテスト用紙を丸めた。
 
あほくさい。
 
結局テストは作り手の問題かよ。
私の96点も、70点にいかなかった国語も
私の実力ではなかった。
 
私の思春期は、その先の人生で
「くれぐれも全力は出すなよ」
と諭されるような事が次々と起こった。
 
 
最後の大会、レギュラー争いであと一歩いけそうなところで
足首の靭帯を損傷したとか。
憧れの先輩の隣に座れる生徒総会の時に限って前髪が短い、とか。
 
 
思春期に積み重ねた小さな小さなささくれが
どうもこうも
  今もなお痛む。
 
 
本気になって臨んで
それが自分の望み通りではなかった時の
温度差が大きければ大きいほど
それが「絶望」になる。
10年近く避けてきた感覚。
 
 
でも私は今絶望したい。
 
ここ最近の恋はずっと
「別に付き合いたいわけじゃない」
を口癖にしている。
 
次の資格試験も
「別にいらないしなぁ」
と余裕ぶっている。
 
ぬるい。ぬるすぎる。
 
なんにもなくても、なんとか生きていけると思っている。
 
 
この平和ボケした精神と日常が壊れてしまって、
命を燃やして燃えかすになりたい。
 
 
燃えカスになるには
よく燃えなきゃいけない。
 
絶望の淵がよく似合う燃えカスになりたい。
 
 
 
 
 
そしてカスになったら海に流してください。
誰にも気づかれにように、そっと。